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一次創作ブログ

【MOBSTERS/4部】キャデラックに乗せて (後篇)









「聞いた?コンバーチブルのキャデラックだって!」
ヴァージニアの後を追いかけてチックは嬉しそうに姉に話しかける。

「あんなの真に受けちゃダメよ。物でつられないの子供じゃないんだから」
「姉さんは嬉しくないの?子供の頃から夢だったじゃないか。
僕が運転するキャデラックに乗って家族でドライブをって。
…そうか、姉さんはもうこんなちっぽけな夢じゃ嬉しくないよね。
ハリウッドのスターになるのが目標なんだから」

ヴァージニアは寝室のベッドに腰掛けると
部屋の入り口で佇む弟を優しく手招きした。
チックは部屋のドアを閉めるとヴァージニアの隣にゆっくりと腰を下ろした。

「そんなんじゃないのよ。今でも夢見てるわ 忘れたことなんてない。
そのためにハリウッドで成功して、家族がみんな一緒に住める家を建てて
一生暮らしていけるお金を手に入れたいの。家族のために、頑張らなきゃ」

「そのことで来たんだよ 姉さん。仕送りを断ろうと思ってね」
「どうして?気にしなくていいのよ。
あれは私があなたたちの親代わりとして当然のことを――」

「姉さんのことは母さんだと思ってるけど、
姉さんにはそろそろ姉さんの幸せを見つけてほしい。
姉さんは充分僕ら弟妹を育ててくれた。
16でひとり都会に出て働いて辛かったろう 苦労をさせてごめん。
でももう大丈夫!僕も弟たちも働いてるしみんな上手くやってる。
それを伝えたくて来たんだよ」


ヴァージニアは黙って聞いていた。
弟の声をこんなに長く聞くのは久し振りだ。
弟妹の中でも特に姉思いで彼女自身も一番可愛がっていた弟チック。
彼は立派な大人の男性に成長していた。

今まで彼らの面倒を見ることを嫌だと思ったことはない。
彼らのために死に物狂いで働いたことを苦労だなんて思ったことはない。
どうしようもなく闇の世界へ身を墜としてしまったことも 後悔はない。
だって たった今目の前にその努力の結晶が輝いているのだから。

ヴァージニアはチックの肩に身を委ね、
チックはヴァージニアの肩をしかと支えた。

「ありがとう チック」
これでもう私は どうなっても大丈夫――。

「でも送った分のお金は使ってちょうだい。
家族みんなで集まれる家はやっぱり欲しいわ。
私もいずれみんなの所に戻りたいしね」
「うん 待ってるよ」
子供の頃と変わらないチックの笑顔をヴァージニアは愛おしそうに眺めた。


スクッと立ち上がったチックは大きく腕を回し伸びをして
再びヴァージニアの方を振り返った。

「でも安心したよ!ここしばらく急に仕送りの量が増えたからもしかしたら姉さん
何かまずい仕事でも始めたんじゃないかなんて心配してたんだよ。
でも違ってた。姉さん いい人を見つけたんだね」

ヴァージニアは一瞬目を見開き硬直した。
この瞬間彼女の中には様々な思いが飛び交っていた。

「あなた何を見てたのよ?あれがいい人?冗談じゃないわよ もう!」
瞳に浮かぶ雫を笑顔で振り払いながらヴァージニアはあくまで気丈に振る舞った。
「乱暴な人だけど優しい人だと思った。あの人本当に姉さんのこと愛してるんだ。
姉さんならきっと上手くやれるよ。」
「簡単に云ってくれるわね。キャデラックより乗りこなすのが難しそうだわ!」

不安はある、恐れも。
この数日何度も自分に問いかけたこと、
「私はあの男と一緒に 灼熱の砂漠で夢と命を懸ける覚悟があるのか」

しかしすでに、それ以上に熱い想いが彼女の胸を焦がしていた。
理性は拒んでも本能は感じている。
もう逃れることはできないし、逃れる気もないことを。

ベニーを愛してる、彼の夢に自分の夢を託したい――。
その想いは最愛の弟チックにも打ち明けられないものだった。




3時間程が経ち、窓の外はもう夜闇に沈んでいた。
いつまでも戻らないベニーを放って
ヴァージニアはチックと夕食に出掛けることにした。

「待ってなくていいの?鍵までかけちゃって 困るんじゃない?」
「いいのよ。いつまでもほっつき歩いてる方が悪いんだから。
今夜はどこかよその女の所にでも泊ってるでしょう。
しかも私の車に乗って行きやがって 何考えてんのかしら。
ホントに若い男と遊んで見せつけてやればよかったわ。
そうしたら少しは下半身の熱も下がるでしょう あの万年発情男!」

怒りのリズムをヒールで奏でるヴァージニアの後を
チックは首を傾げながら苦笑いで付いて行く。
ヴァージニアとベニーの世界はチックには少々理解し難いものらしい。
彼は思わず数時間前の言葉を撤回した方がいいのかと考えてしまったが
まぁそれは止めておくことにした。

仕方なくタクシーを止めようかと道路に出た彼らの目の前に
真っ赤なキャデラックが颯爽と現れ、二人は驚き同時に声を上げて飛び退いた。


「ベニー!?」
「お出掛けかい?お二人さん」

「どこ行ってたのよ!この車は?私の車はどうしたのよ!」
「あれは後で届けさせるよ。とりあえずこれを」
そう云うとベニーは運転席から腕を出しチックの手の中にキーを落とした。

「あの これ…」
「約束したろう?プレゼントだ 俺のヴァージニアの可愛い弟に」
ベニーはチックに微笑みかけた。いつものキザな色男の笑みだった。

「ありがとう 義兄さん!!」
「“義兄さん”じゃないわよ」

車を降りるとベニーはチックと席を替わり
ヴァージニアに助手席に廻るようエスコートした。
ヴァージニアの表情は相変わらずどこか気に食わないといった感じだった。

「本当に夢が叶ったよ…」
嬉しそうにハンドルを握りしめるチックの耳元で囁く声が聞こえた。

「叶えてやるのはこれからだ。君も約束したんだろう?」
振り向いたチックの目に家に向かうベニーの後ろ姿が映る。
それは頼もしい背中にチックは憧れのようなものを感じていた。

「ねぇ!一緒に行こうよ!」
「お熱い二人の夜を邪魔するほど野暮じゃねぇよ」
「鍵閉まってるわよ」

ベニーはキャデラックの中で笑い合う二人を見て両手を上げて降参した。
「あなたの夢はいつ始められるの?」
「来年には必ず。約束だ」
三人を乗せたキャデラックは燃えるような赤いネオン輝く歓楽街へと走り出す。


(終わり。)






今年も無事この日に公開することができて良かったです^ω^

昨年はベニーの心情を描いた小説だったので
今年はヴァージニア寄りの内容にしてみました。
ベニヴァジと云いつつほとんどヴァージニアと
モブキャラの弟チックがメインですね。

今回は映画『バグジー』のワンシーンを使って台詞なども拝借しつつ
後半をオリジナル展開にしてみました!
ちなみにPCで映画観ながら描いてました♪

今まで大々的に語っていなかったヴァージニアの出生、
ベニーと出会う前の彼女、誰にも云えない彼女の心情を
この小説知っていただけたらとても嬉しく思います////

とりあえずベニヴァジのこの手の喧嘩やトラブルは日常茶飯事ですw
喧嘩するほど仲が良いと云うか喧嘩するほど仲良くなる二人。
そんなベニヴァジが私は好きです>ω<