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一次創作ブログ

【MOBSTERS/4部】キャデラックに乗せて (前篇)


クリスマスシーズン恒例
フラミンゴホテル開業記念ベニヴァジ企画2015







1944年、ロサンゼルス。


ジリリリリリ!
玄関ベルが喜々と鳴り響く。

「ただいまハニー。寂しかったかい?」
「さぁね!!」

10日ぶりにニューヨークからロスの邸宅に戻ってきたベニー・シーゲルを
愛人ヴァージニア・ヒルは大層不機嫌に出迎えた。


「すっきりした顔して、例の“夢の計画”の話は上手くいったの?」
「目処はついた。マイヤーは賛成してくれたし、
まぁ…他の連中は渋ってたがフランクが説得してくれるさ」

「アナタのお友達ってみんなバカなの?
よくラスベガスなんて砂漠のど真ん中に街を作る計画なんかにOKしたわね」

「確かに今は田舎の荒野だよ。そこに砂漠のオアシスを創るんだ、エデンの園を!
俺を信用しろよ。見てろ、ラスベガスは今に世界一のカジノ街になる。
君がホテルの女主人になる日もそう遠くはないぞ。
とにかく祝杯を上げよう!俺たちの夢ラスベガスに!」

足早にダイニングに向かい二つのグラスとワインを取り出したベニーは
声高々に同意の乾杯を促したが
ヴァージニアの視線は変わらず冷やかだった。


「お願いがあるんだけど、飲み終わったら出ていってくれない」
「ブッ…!ゲホッ!なんで!?」

「10日前にも云ったでしょう!
私はあんな砂漠のど真ん中死んでも行かないって!!
カジノが合法な土地だからって何?そんな無謀な計画成功するわけないわ!
アナタと一緒に干からびてのたれ死んで
ハゲタカの餌になるなんてゴメンですからね!!」

「待てって落ち着け!云ったろ?!仲間が協力してくれるんだ。
組織の事業だ、必ず成功する。
君には今まで散々迷惑をかけたがこれが最後だ。
この計画で必ず君の苦労に報いて――」

「私がいつアナタのために苦労したってのよ!!思い上がらないで もう嫌!!」
「どうしたんだジニー!なんでそんなに怒ってる?!いったい何があ――……」


その時ベニーの目にリビングにいる一人の男の姿が飛び込んできた。
彼の家で彼のガウンを着て彼のソファーで
新聞を読みながら寛いでいる見知らぬ若い男と
ベニーははたと目があった。

「!?」
次の瞬間にはベニーは男に掴みかかり鬼の形相で烈火の如く怒鳴り散らした。

「そこで何をしてる!!?俺の女とお楽しみ中か ええ!!!?」
男は口を開く間をもなく高窓を突き破って庭の花壇の中に投げ飛ばされていた。

「きゃあああああ!!!なんてことするのよ!!アナタ異常よ!!」
天を割くような悲鳴を上げたヴァージニアは真っ青な顔で慌てて男に駆け寄った。

「大丈夫?!怪我は?!どこかガラスで切ったりしてない?
ごめんなさいね あぁ…可哀想に……」
ヴァージニアは背後で真っ赤な顔で息を荒らげているベニーを無視し
男の身体のガラスの破片や泥を
心底心配そうに顔を覗き込みながら払い落としてやった。

「どっちが異常だ!!俺のいない間に若い男なんか連れ込みやがって!!」
「この子は私の弟よ!!!!頭を冷やしなさいこのバカ!!!」

「そんな云い訳が通用すると思ってるのか?!
3分やるから下着付けてさっさと失せろ!!!」
「どう思おうが勝手よ!!ただお願いだから一刻も早く消えて
二度と私たちの邪魔しないでちょうだいよ!!」

「“私たち”?!!“私たち”だと!!?そりゃあどういう意味だ!!!」
「ああーっ もうやめてぇーーっ!!!!」
「あ あの…ッ 僕は…ッ!」

ベニーの逆上は止まらず花壇の花は三人の揉み合いでめちゃくちゃになっていた。
ベニー・シーゲルという男は
ヴァージニア・ヒルという女のこととなると全く周りが見えない。
一度こうなってしまうと愛するヴァージニアの言葉すら聞こえなくなってしまう。


「これじゃ埒が明かん。お前の身分証明書を見せてくれるか?!」

「……何か持ってる?」
ヴァージニアに支えられながらやっと身体を起こした若い男は
ようやくまともな言葉を発することを許された。
「ジャケットの内ポケットに免許証が…客用のバスルームにあるよ…」

それを聞くとベニーは男を睨みつけながら速足でバスルームへと身を翻した。

「は、話には聞いてたけど、本当に乱暴だな…」
「ごめんなさい。私でも何するかわからないの あの人」

ヴァージニアと男は大層疲れた面持ちと足取りで
部屋の中に入りリビングのソファーに腰掛けた。

同時に勢いよくリビングに戻ってきたベニーは
ジャケットから取り出した免許証と目の前の男の顔を何度も見比べた。
「―――………ホントだ。チック・ヒル、君は弟だ」


チックとヴァージニアは安堵したと云うよりただただ呆気に取られていた。
「あー…えー…チック あぁ…チック その
……なんで早く云わなかったチック!!」

バンッと拳を太ももに叩きつけるヴァージニアの怒り顔を見て
ベニーは急いでチックへの言葉を続けた。

「そうだ チック!君に車をプレゼントしよう!!
何がいい?キャデラックがいいな!君に良く似合う!
赤いのはどうだ?ただのキャデラックじゃないぞ!
キャデラックコンバーチブルだ!」
「え、わぁ…それは凄い。嬉しいよ!」

チックの肩を抱き背中を揺すりながらベニーは
さっきとは別人かと思うくらいの営業スマイルで必死にチックの機嫌を取った。
当のチックもベニーの申し出にすっかり乗せられ満更でもない表情だった。

チックは気は弱いが大層人の良い青年のようだ。
それでも彼は紛れもなくハリウッドのワガママ女優として知られる
ヴァージニア・ヒル実弟なのである。


「ちょっと頼みがあるんだけどいいかしら?」
ソファーから立ち上がりベニーの正面に
ついと顔を寄せたヴァージニアが静かに云った。

「弟と二人で話がしたいの。二階の寝室で二人になってもよろしくって?」
「や、そりゃ…もちろん!!ハハ そうだそれがいい!
久し振りに姉弟水入らずでな。
じゃあ俺はその間にチックにプレゼントする車を見に行くとしよう!」

ヴァージニアとチックの肩を交互に叩き
ベニーは崩れかけた営業スマイルを必死に取り繕いながら
後退りで部屋を後にした。

玄関の扉が閉まる音を聞いてヴァージニアは大きなため息をつき
嵐が去ったような部屋を見回した後力なく二階への階段を昇りはじめた。


(続く…)