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一次創作ブログ

【MOBSTERS/4.1部】lost title


1947年6月 ロサンゼルス


妻のアンナと別れたのは今年の春先のことだった。
二人の息子たちも娘のサンドラも、妻と共に私のもとを離れていった。

思えば結婚した当初から、子供たちが生まれても
私は仕事尽くめで碌に家族との時間を過ごしていなかった。
恐ろしい話だが、仕事に集中している時は
家族の存在を虚ろなものに感じてしまうほどに――、
夫である自分を、父である自分を忘れてしまっていたのだ。
私にとって家庭という穏やかで温かな世界は
薄ぼんやりとした架空の世界のように思えた。
そして気の休まることのない殺伐としたビジネスが行き交う裏社会だけが
妙に生きた心地のする、生き甲斐を感じられる世界になってしまっていたのだ。

妻や子供たちにとっての私は
まるで生きていながら死んでいるような男だったのだろう。
妻は近所で私のことを自ら話題にすることなどなかっただろうし、
子供たちも私と遊んだ記憶などまともに待ち合わせていなかっただろう。
果たして顔さえ覚えてくれていたのかどうかも、今となってはわからない。

妻が別れの話を切り出した時も驚きはなかった。
心のどこかでずっといつかこの日が来ると分かっていたから。
いや、本当は望んでいたのかもしれない。
ただ、自分から切り出す勇気がなかったというだけで――。
大切なものを壊してしまう前に、大切なものを遠ざけたかった。
そしてそこに私は要らない。
そうしなければ私は彼らを護れない。
無力、無価値……心をも無くした私には、もはや何も護ることはできない。



喪服に身を包み、白い百合の花を抱えて私は独りになった家を出た。
空は雨、涙を流しているような緩やかな雨だった。
傘は必要ないと思い帽子を深く被り、黒のレインコートを羽織る。
外は古びた映画のような灰色の視界と雑音のような雨音だけだった。
何かが終わってしまったような殺風景な映像が流されているようだった。

葬儀は小高い丘の上にある墓地でひっそりと行われていた。
ほとんどの儀はすでに終えられており、
今まさに最後の別れを皆哀しみの中で行っているところだった。
丘の頂から顔を覗かせるように見える墓標は
十字架ではなくダビデの星が刻まれた石碑だった。


「――エスタ」
私は彼の妻に声をかけた。
「…あぁ、来てくれたのね。
随分遅かったからもう間に合わないかもと思っていたわ」
「済まない」
私がそう云って頭を下げると
エスタは瞳に影を落としながらも口元を少し微笑ませながら首を横に振った。

彼女の両手には彼の娘たちの手が握られていた。
「バーバラ、ミリセント、大きくなったな」
「お久し振りです、おじさん」
そう返事をしたのは長女のバーバラだった。
もう中学生になった彼女は大人しいがしっかりとした女性になっていた。
彼女の髪の色は彼と同じ艶やかな黒だった。

「………」
「ミリー、あなたは?おじさんにご挨拶をしなさい」
エスタのスカートにしがみ付く様に隠れていたのは二女のミリセントだった。
彼女は私の娘サンドラの親友だった。
娘が引っ越していくその日も別れのプレゼントを持って来てくれた。
また会おうね、忘れないでね、
と泣きながら抱き合う二人の幼い少女たちの姿は今もこの目に残っている。
彼女の大人びた瞳は彼と同じエメラルドだった。

「いいんだ、エスタ。それよりこの花を――」
「そうね、こちらにいらして」
私は彼の棺の傍らに立った。
棺に花を入れたこの時、私は彼の顔を見たはずなのだが
何故かその最後の死に顔を思い出せないでいる。
その日の空と同じく雨雲がかかったようにぼやけた映像しか残っていないのだ。
ただ、彼が死んだ日に見たあの生々しい深い傷は綺麗に塞がれていたように思う。


最後の別れが終わり、棺は墓の穴の中に収められ
ゆっくりと濡れた土が重々しく掛けられていった。
エスタと娘たちは土の中に消えていく棺を弔問客の一番前で見守っていた。
私は群衆から離れたところで独りその様子を見ていた。
エスタが頻りにハンカチで目元を押さえているのがわかった。
バーバラも先程までの落ち着いた様子はもうなく、
肩を震わせてすすり泣きの声を上げていた。
長い時間が流れているように感じた。

ふと気が付くと、
ぼやけた視界の中にこちらに歩み寄ってくる少女の姿が映し出されていた。
ミリセントだった。
ここに集まった全ての人々が雨に濡れていたのに
彼女の大きな瞳だけは渇いた輝きを放っているように見えた。
私の足元に佇んだミリセントはじっと私を見つめた。
哀しみも喜びもない、ただただ無垢な表情だった。

「ミリー、パパを見ていてあげなくちゃいけないんじゃないか?」
「ママとバーバラに付いていてあげなくちゃ…」
「パパもきっとみんなが一緒にいてくれることを――」

「どうして」
「……え?」
「サンドラも遠くへ行っちゃった。今度はパパまで……。
ねぇ、どうしてみんなつれていってしまうの?」


また映像が音を立てて途切れた。
何度も何度も破れては千切れて、もう元には戻せない。






Back music:『MAFIAⅡ Piano&Violin Special Theme』



……哀しい話ばかり書いてしまいます;;;
これはこれで描きたかった場面ではあるのですが、
できれば楽しかった頃の話を終えた後で出したかったですね。
その方がずっと無くしてしまったという言葉の重みが
上手く伝わったんじゃないかなと思います。
辛いお話でしたが、最後まで読んでくださった方に感謝致しますm(__)m