osk'HOUSE

一次創作ブログ

【MOBSTERS/0.9部】the first kill…


192X年、某所。


虫の声も聞こえない静寂の夜。
とある街外れのあぜ道に停車した一台の車のエンジン音だけが
霧の立ちこめる不気味な闇の中に響いていた。

俺は運転席に、マイエルが助手席、そして後部座席のベニーの隣には
その日初めて会った初老の男が座っていた。


俺たち三人は当時加わっていたあるギャング団のボスから命じられた
“初めての仕事”を遂行していた。
それは下っ端のギャングが「それなり」になるために
必ずやらなければならない“通過儀礼”でもあった。

この任務を完璧にこなした者だけがボスからの真の信頼を得られる。
そうは云っても実際これは名誉とはほど遠い、いわゆる“汚れ仕事”だった。


緊張で胸の鼓動は乱暴に心臓を殴り続ける。
何もしていないのに息は絶え絶えになり手の中の汗は止まらない。
こんなに過ぎていく時間が長く、
また迫りくる時間が怖いと思ったことはなかった。

だがそんな俺とは逆に後ろに座った初老の男は妙に落ち着き払っていやがった。
ドアの窓から遠くに見える郊外の夜景をじっと眺めている。

見知らぬ若造三人に突然拉致され、身体の自由を奪われた挙句、
車に押し込まれ人気のない寂れたあぜ道に連れてこられたってのに。
その余裕とも取れる落ち着きっぷりは
今まさに左脇腹にリボルバー銃口が突きつけられているなんて
とても思えないくらいだった。


「…見慣れない顔だが、どこのファミリーの者かな」
初老の男が口を開いた。

「今日限り会うこともない奴に自己紹介は必要ないだろ」
そう答えたのは後部座席で初老の男に銃を突きつけていたベニーだ。

「まだ若いな。君と前に座っている金髪の小僧はユダヤ人か」
男はそう云いながら、助手席に座るマイエルを視線で差した。

「悪いのか?」
ベニーは威嚇というかからかいのような笑みを浮かべながら
男の顔を覗き込むようにして問いただした。

「いいや、構わないさ。
ユダヤ人と組んでいるイタリア人が珍しかっただけさ」
挑発にも乗らない男の淡々とした受け答えに
むしろベニーの方が毒を抜かれちまったみたいに
大きな息を吐いて男に背を向け頬杖をついた。


そしてそう云った初老の男はフロントミラー越しに運転席の俺を見ていた。
「君はシシリアンだろう?」

できれば任務が終わるまでこの男と目を合わせたくなかった。
だが俺は結局男のその視線に引っ張られるように
恐る恐るミラー越しに目を合わせちまったんだ。

「匂いで分かるんだよ。シチリアの匂いだ、懐かしい故郷の。
私はパルレモの田舎町で育ったんだ」

「同じだ」
と思った。


「構うな、年寄りの昔話は長くなる。
ただでさえお前が愚図ったせいでもうボスが指定した時間まで幾許もないんだぞ」
マイエルはそう云って俺達の“会話”を遮った。
おまけに鋭い目つきで睨まれたんで言葉を唾ごと飲み込んじまった。

イタリア人はお喋りで困る、
マイエルはいつもよくそう愚痴ってるが確かにこいつは悪い癖だ。
話すことも知ることも、ときには罪となり咎となり、また枷にもなる。
世の中には“知らなければよかった”と思うことが、なんて多いんだろうか。

「そんなに緊張しなくていい。この世界にいれば誰にだってあること。
この期に及んで抵抗しようなんて思わんさ」

「時間だ、行くぞ」
マイエルが云った。あいつは冷静だった。
そうであってくれなければ、
正直俺はあのときあの任務を遂行できていたのか自信がない。
あいつはいつも冷静で“正しい”、そして俺は“間違っている”。

「あぁ…」
俺はゆっくりとハンドルを切り車を走らせた。


郊外からどんどん離れて行くように一本道を直進した。
さっきまで僅かにあった街頭の光はなくなり、
代わりに深い林が道の両脇に広がってきた。

「ここでいい、停めよう」
マイエルが云う通りに車を道の脇に停めた。

俺たち四人は林の中を歩いて進んだ。
初老の男を先頭に、
彼の後ろ手に縛られた手首を掴み背中に銃口を突き付けるベニー、
その後ろを並んでマイエルと俺が歩いていく。


しばらく進んだところで初老の男がふいに口を開いた。
「一つ頼みがある――」

「…!なんだ?」
男の問いかけに驚き、俺はとっさに応えてしまった。
四人とも歩みを止めた。

「靴を脱いでもいいか?」
「?…あぁ」

意味の分からない申し出に一瞬迷い、マイエルの顔色も気になったが
その程度のことを許可しない理由が見当たらなかったんで
俺はそう応えた。

男は履いていた靴を綺麗に並べるように脱いだ。
そのまま誰も何も云わず、おもむろに再び林の中を歩き出した。
ただ真っ直ぐに、暗闇の中を進んでいく。


5分ほど歩いたとき、マイエルは一通り周囲を見回して
「ここでいい」と俺たちを止め、ベニーに目配せをした。

ベニーは掴んでいた男の手を離し、
そのまま後ろ向きに数歩下がり男との距離をつくった。
俺はその後ろからベニーの右手に握られた銃を見た。

「なぁ」
その銃口が再び男に向く前に訊いておきたいことがあったんだ。
たとえその声を一生背負うことになっても。

「なぜ靴を脱いだんだ?」

「ただの遺言代わりさ……妻との、約束だ」


一発の渇いた銃声が夜霧の中に響いた。
いつまでも、いつまでも。





チャーリーがマイエルとベニーに出会い
3人が仲間になってギャングとして活動し始めた駆け出しの頃のお話。
まだフランクを仲間に加える前、ロスティンの弟子になる前のお話です。

これは映画『コーサ・ノストラ』1997に出てきたシーンのオマージュで
メインの三人に当たる登場人物は劇中では違うキャラなんです。
この映画の中で私が一番印象深かったシーン。