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一次創作ブログ

【MOBSTERS】汝の父を敬え【1部】


【MOBSTERS】二人のサルヴァトーレ【1部】






1929年、ニューヨーク、マランツァーノ事務所。


「―――と云うわけだ。
今日のところはこれでお暇するよ、マランツァーノさん」

「ルチアーノ氏がお帰りだ。
ドアを開けて差し上げなさい、ジョセフ」

「…はい」
私は父に云われるままドアを引いた。

顔を伏したままドアの脇に佇んでいた私に客人が声をかけた。
グラーツェ」

私は何も返さなかった。
そのまま客人の顔を見ることもなくドアを静かに閉めた。


「ひどく機嫌が悪いようだな。
私たちの話はそんなにお前の癪に障るものだったか」

「いいえ、来るマッセリアとの戦いの行く末を左右する
重要な会合であったと存じ上げます。
たとえ相手があの汚らわしいユダヤ人どもとつるむ
裏切り者のチャールズ・ルチアーノでも――」

実に腹立たしい。
奴はあの醜く肥え太った白豚のマッセリアの息がかかった男だ。
奴の身体に自分と同じシチリアの血が流れているのかと思うと怖気が立つ。
何より我慢ならないのは、奴がユダヤ人と行動を共にしていることだ。
純血を重んじる我らがコーサ・ノストラに
この世で最も穢れた血を混ぜようとしている…許し難い冒涜だ!
そんな愚かな男が敬愛する我が父と馴れ馴れしく言葉を交わし
手を握り合うことなど耐えられるはずがあるまい!

――今ならまだ間に合う。
奴は油断している、後ろから忍び寄り、ここで私がいっそひと思いに――!!!

「神聖なる我が事務所の廊下を血で汚すつもりか、ジョセフ・ボナンノ」
私は神の啓示を受けたようにはたと我に返った。

「――ッ、……は」
私は左胸に右手を強く押しやり深々と頭を下げた、神に許しを乞うように。


「“シチリアの掟”を忘れたか。
ファミリーのボスを直接手に掛けた者は
ボスになる資格を失う、いかなる理由があろうと。
ルチアーノは少数ファミリーとはいえひと組のボスには変わりない。
私の次期後継者ともあろうお前が一時の感情で
自らその権利を無にしようとは、誠愚かの極みだ」

「申し訳、ございません…!」

「お前は生粋のシシリアンにして敬虔なクリスチャン、そして私の忠実な腹心だ」

「はい…」

シチリアの地で格式の高い家に生まれ、類い稀なる頭脳と容姿に恵まれた。
どんなに力が勝る者にも物怖じしない度胸と
強固な意志を持ち合わせたお前を気に入り、私はファミリーに迎え入れたのだ」

「身に余る…光栄にございます」

父の熱い視線に私は思わず目を逸らしてしまった。
ファミリーの者は皆父の瞳を金属のように温度を持たない
冷たい死の瞳だと恐れていたが、私はそうではなかった。
私にとっては太陽と同じくすべての生命力の源、それ故の畏れだった。
その強大さは私のような若輩者の身など簡単に焦がし尽くしてしまうほど、
この世の何者も太刀打ちできない偉大な力なのだ。


「!」
畏まる私に歩み寄った父が、私の頬を優しく撫でた。
頬が熱い…だが心地良い、唯一心休まる時だ。

「…何故あのような者を気にかけるのです。
わざわざ敵を懐に抱え込むようなことを……」

涙が溢れる、何故…。
嫉妬しているのか、それとも奴を恐れているのか、この私が。

「ジョセフ、我が息子。よく聞きなさい」

父はそう云うと、両の手を私の頬に添え顔を持ち上げ、
ゆっくりと私の瞳を自身の瞳と掛け合わせた。

「これから先の戦いはただの縄張り争いじゃない、戦争だ。
近い内に600を超えるマッセリアの兵隊と戦うことになる。
当然こちらにも多くの犠牲が出ることは目に見えている。
我々は数で劣る、だからこそ知恵を使わなければならない。
敵は決して殺すためだけにいるのではないぞ。
いざとなった時、誰が味方になり誰が敵になるか分からない。
味方が敵になることもあれば、敵が味方になることもあるはずだ。
その見極めを怠り誤った者が損をし、失い、負ける、つまり死だ。
闇雲に敵を攻め立て、お互いに殺し合うだけでは何も得られはしない。
知略を練って最も価値ある勝利を掴むのだ。
奴が私たちの陣を固める聖霊になりうるかどうかは我々の力量次第だ。
何を捨て、何を犠牲にしても護らなければならない最後の砦のな」

そう、戦いの行く末を左右するのは
“如何に人を殺すか”ではない、“如何に人を活かすか”だ。
それは神の教えの初であり、
ファミリーに入ったばかりの私に父が初めて訊かせたことだった。


「だが分かっておくれ、ジョセフ。
どんな窮地に立たされても、周りがすべて敵になろうとも、
お前だけは私の味方だと信じている。
私の心は常にお前と共にある、父と子は一つだ」

すべて分かっているのだ、父の考え、父の気持ち、父の私への深い信頼。
誰よりも、誰よりも…。
父の言葉を訊くだけで、私の中に渦巻く愚かで醜い感情は洗い流されていく。
この瞳から清らかな水となって零れ落ちていく。

その雫に父がそっと口付け、微笑んだ。
「父への愛はあるか?」

「愛しています、父よ《ファーザー》――!」
跪き父の手に口付けた。

“Honor Thy Father. (汝の父を敬え)”





マランツァーノとジョセフの師弟の絆を書こうと思ったのに
出来上がったらジョセフのオ●ニー小説みたくなってしまってた(笑)

この時はまだジョセフにも可愛いところがあったのです。
しかし彼がここまで一人の人物に心酔し仰ぎ尊ぶことは
後にも先にもこれが最後でしょう。
本登場の5部ではひたすら周囲に溶け込まない孤高のツンツンキャラですので^^;

次の登場で一気にキャラが変わっていても
どうかジョセフを見守ってやってください!m(__)m