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一次創作ブログ

【MOBSTERS】ア・パート・オブ・ラスベガス (後篇)【4部】

 
 

 
 
 
そんな風に彼女を思う一方で、俺はベニーのことを改めて考えていた。
この数分の間にあの30年を思い返していた。
 
俺は過去に拘らないし、振り返ることなんてない。
もしかしたらこんなことは初めてだったんじゃないだろうか。
 
 
「だが、ん…嫉妬か…」
 
「なに?」
 
 
「いや、俺が言うのもなんなんだが…ベニ―は他人に嫉妬されることはあっても、他人に嫉妬するようなことは一度もなかったような気がしたんでな」
 
 
 
「あいつはあれでも変ったよ、あんたに会ってから。良くも悪くも淡白な奴だったからな。仕事をするにも、女を抱くにも」
 
 
「昔は俺があいつを押し殺しすぎていたのかもしれない。俺が決めた仕事をただ与えるだけで、あいつの意見を聞いてやることなんてなかった。あいつも何も言わなかったが、俺もあいつにはものを考える頭がないんだと決めつけて対等な仕事仲間として扱ってやらなかったんだ。女との付き合いも本当はほとんどが仕事だった。社交家のご婦人方と親密になれば、上流階級の人間や政府の上層部ともお近付きになれるからだ。ベニーの容姿はその手に仕事には打ってつけだったからな」
 
 
「そんなことを繰り返す日々が続いて、忙しなく月日が経ち、長い年月が流れて今に至るんだが……今やっと、あいつは自由に生きている。そう思うんだよ。こんなことを言ったらあんたは怒るかもしれないが、俺はあいつがあんたと喧嘩しながらも自分の仕事をこなし自由な時間を過ごせていることに安心し、そしてそんなあいつの姿を見れるのが嬉しかったんだ」
 
 
俺はあいつはヴァージニアを「恋人だ」と言って連れて来た時、
そしてこのラスベガスで「俺たちの仕事をする」と言った時、本当に嬉しかった。
 
 
「…まぁ詰まる所、あいつは今やっと“恋愛”してるんだなと、そう思ったのさ」
 
 
40年目の初恋か。
と、我ながら柄にもないことを考えてしまったが、ヴァージニアは黙って俺の話を聞いていた。
 
 
「あなたがそんな風に甘やかすから、あの人あんなになっちゃったのね」
 
 
心当たりはないはずの心臓が妙に強く脈を打ったのを感じた。
 
ゆっくりと視線をヴァージニアに向けると、彼女の顔は笑っていた。
ずっとその顔で俺の話を聞いていたのだろうか。
 
 
「珍しく喋ってくれてる思ったけど、あなたの言ってることメチャクチャよ?」
 
「え…」
 
「私を慰めてるつもりなんだろうけど、結局弟が可愛いって話よね、お兄ちゃん?」
 
ヴァージニアは口元に指を添えクスクス笑った。
俺は母親にからかわれる子供の心境になっていた。
 
 
「そうなことは――」
 
そんなかゆいことを言ってるいるつもりは毛頭なかった。
だが言葉が出ない、妙な冷や汗だけがなぜか噴き出してきやがる。
 
いったいなんだってんだこれは……。
 
 
―――だから言ったろう、女の話に余計な口を挟むべきじゃないと。
 
 
自分が言ったことを自分に戒められるなんて馬鹿みたいだ。
俺は思わず片手で目を覆うように頭を押さえた。
 
 
「…でも、やっぱり私にはあの人がわからないわ。理解できないことが多すぎて頭が変になっちゃいそうなの!言うこともやることも突発的すぎるんですもの。毎日がサプライズとハプニングすぎて本当に大変なの。私じゃなきゃとっくに倒れてるくらいよ!」
 
ベニーへの文句を矢継ぎ早に連ねる彼女の表情や声には生き生きしたものを感じたような気がした。
 
 
「…こんな理不尽許されない。そう、許されないわ!泣き寝入りなんてゴメンよ!私もう一度ベニーに会いに行く。今度は黙って引き下がってやるなんてしないわ。あのキザな色男の面にアザの一つでもつくってやるんだから!また同じようなことを言い出したら、今後こそ本当に別れてやる!!」
 
 
今度は。
今度こそ。
この言葉も数回会っただけの彼女の口からもう何度聞かされただろう。
 
だが人生というのはこの言葉の繰り返しである。
一貫性のある流れなどではなく、断続的な瞬間の永遠とも思える程の繰り返し。
 
“次”を思う気持ちがあればまだ続いていくだろう――。
 
 
そんなことを考える自分がまたも恥ずかしくなって、俺は半ば無理やり話を区切るように彼女に背を向けて言った。
 
 
「それじゃあ、俺はそろそろ戻るよ」
 
「あら、もう帰っちゃうの?長い炎天下で話してたんだし疲れたでしょ。お茶くらい出すわよ」
 
「いや、遠慮しておこう。またあの嫉妬虫に焼きもちを焼かれても困るからな、お互いに」
 
彼女はフフッと笑い、まるで思春期の少女のような笑顔を見せた。
 
「今日はあなたがたくさん話してくれて楽しかったわ」
 
 
 
 
俺は少し離れている所で待たせていたSPに軽く手を振り、車を寄こすように合図した。
SPがリムジンのドアを開けその中に乗り込む直前、俺は本来言っておかなければならなかったことがあったのを思い出した。
 
 
そうだった――。
俺は仕事でここに来たんだ、組織の人間として。
 
見送りに来たヴァージニアに向き合い改まって話した。
 
 
「ベニーとフラミンゴホテルのことだが、実は今少々困ったことになってる。知っているとは思いうが、フラミンゴの建設費は当初予定していた金額の五倍以上に膨れ上がり、正直組織としては予想以上の大損害を被っている状況だ。ラスベガス開拓に異議を申し立てる者も増えてきた。そうでなくても最近のベニーは考えなしの独断専行が目立って幹部連中から反感を買いがちだったんだが…」
 
俺がそう話しながらヴァージニアの顔をチラと見ると、
彼女は無表情になっており一瞬合った視線をふいに逸らした。
 
 
「年明けにルチアーノがアメリカを追い出されてから、組織の中は乱れ始めてる。俺はルチアーノからコーサ・ノストラを任された身として、この15年間の均衡をこれ以上乱したくないんだ。だから……」
 
 
「…あまりベニーを追い詰めないでやってくれ」
 
「あなたも大概おかしなことを急に言い出すのね。それを言うならベニーにじゃなくって?」
 
ヴァージニアは首を傾けニヒルに微笑んだ。
 
 
暫くの沈黙の後、俺はそのまま何も言わずさっとリムジンに乗り込んだ。
ドアはすぐに閉められた。
 
車が走り出す直前にヴァージニアが
「ルチアーノにもよろしくね!」と言ったのが聞こえた。
 
 
 
ルチアーノには年末に会うことになっている、12月のハバナ会議で。
 
そしてその場にはコステロやジェノヴェーゼ達コーサ・ノストラの最高幹部が集まる。
おそらく最大の議題になるであろう事柄もわかっている…。
 
その頃にはこのフラミンゴホテルもオープンするだろう。
だがそれまで…、それから……どうすれば良いのか。
 
 
「ナントカしてやらないとな」
 
 
俺は無意識の中でそう呟いていた。
 
いつかあいつが「ここを俺の手でアメリカのオアシスに変えてやる」と言った紅に染まりゆくラスベガスの砂漠を眺めながら。
 
 
(終わり)