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一次創作ブログ

【MOBSTERS】プロローグ Part5【0.5部】


 
 

 
 
「降ってきたな」
 
「何が?」
 
「雨だよ。聞こえんだろ、あの音」
 
「そうだな」
 
 
簡素で小汚い留置所だった。
まさに牢屋って低俗な言葉で呼ぶべき場所だと思ったな。
 
三面を窓もなカビとヒビだらけの汚い壁に囲まれ、とどめはこの真っ黒な鉄格子だ。
実はまぁ、こういうことは初めてじゃないんだが、やっぱり何度入っても嫌なものだな。
 
 
「俺はこんなとこに入ったことなんかないっ!!」
 
「あ、口に出してたか?俺」
 
 
サツにとっ捕まり、この檻にぶち込まれた俺たちはかれこれ小一時間、
こんな調子のつまらない会話のキャッチボールを続けていた。
 
 
 
「ホントにつまらねぇな。これなら壁を相手にボールを投げてた方がまだマシだぜ」
 
「だったらもう話しかけてくるな!鬱陶しい!!」
 
 
「静かにしろお前たち!!自分たちの立場が分かってるのか!」
 
「さながらニコラとバルトロメオってとこだな」
 
「お前は本当に刺したんだろうが…」
 
「あのなぁ、誰のせいだとあんなことになったと思ってんだ?」
 
 
「ふん。いくら言い訳をほざいたところでお前ら移民なんぞ裁判を待つまでもなく死刑だ。
せいぜい今のうちに震えて泣いてろクソガキども!
私は他を見廻ってくるからな。大人しくしてるんだぞ!」
 
そう言ってカツカツと足音を廊下に響かせながら奥に歩いていく看守に向けて、
たっぷり毒を含んだ唾を吐き捨ててやった。
 
 
 
「クソッ!どいつもこいつも移民だガキだと……
まぁいいや、これでちっとは気楽に話ができるな。で、さっきの続きなんだが――」
 
俺は立てた両膝の間からズイと顔を乗り出してそう話しかけたが、
 
「断る。イタリア人の仲間になる気はない」
 
と、膝の上で腕を組み、うつむいたままのマイエルはそう一蹴した。
 
 
こんな調子が小一時間…ボールの投げがいがないと言ったのも分かるだろう。
 
 
俺はハァと短い溜息をつき、足を崩して天井を見上げた。
実のところもう相当疲れていたが、このやり取りはまだまだ長丁場になるだろうと分かっていた。
 
この男を口説き落とすのは、本当に骨の折れる試練なんだと覚悟しなきゃならなかった。
 
 
 
「お前はどうしてそう頑固なんだろうな。
俺が見たとこ、頭も良くて教養ってーのもあって、芯の通った人間なんだと思うんだが、
どうも他人を頑なに受けつけないところがあるよな。
このままじゃお前自身がもったいないぜ?その脳ミソを宝も持ち腐れじゃねぇか」
 
 
「………」
 
 
マイエルはもう俺の言葉なんか聞いちゃいないかもしれないが、それでも俺は話し続けた。
育ちの悪いぶっきら棒な言葉で、俺なりの精一杯の誠意を込めて。
 
 
「…頭か。そんなもの、何の役に立つんだ…」
 
腕の中に顔をうずめたまま黙っていたマイエルが小声で呟いた。
 
 
「俺たちの住める街は、街とは名ばかりの肥溜めだ。
身分も人権も、何もかも失くしちまった移民の群れと、
奴らのやり場のない怒りと苦しみから生まれた暴力にまみれたな」
 
ゆっくりと、わずかに頭をあげたマイエルの顔には、
相変わらず雨筋のような前髪が被さり、何かに濡れている表情を覆い隠していた。
 
 
俺が何も言わずにいると、マイエルはまた口を開いた。
 
「なんでそんなに俺を仲間にしたいのか知らないが、
アイルランドの奴らとのこと見てたんなら分かってるだろ?
俺は弱い。身体も小さくて腕っぷしもない。
ケンカも売れなきゃ、他人どころか自分の身一つ護れやしない。
暴力だけが喰いぶちになっちまってるようなこの街じゃ、
俺みたいな奴は目立たず隠れて生きていくのがやっとなんだよ。これが現実なんだ…」
 
 
こいつは俺に話してるわけじゃない、そう感じた。
 
この言葉はただ、降った雨が下水から溢れ出してくるように、
どうしようもなく零れ出しちまった、こいつの心の傷の膿なんだと、そう思った。
 
 
その傷をえぐったのは、俺か―――
 
 
 
ずっとマイエルを見つめていた視線を床に落とし、ついに口を噤んでしまった。
 
そのとき、マイエルは顔をあげ、意外にも穏やかな表情で再び俺に話し始めた。
 
 
「でもな、今じゃこんなんだが、この国に来てからの10年間で
いろんなユダヤ人の仲間と組んでバワリーのギャング団を渡り歩いてたんだぜ?」
 
 
それは本当に意外だった。こいつはそんなことには興味も関心もねぇのかと思っていたから。
驚いた。俺と同じような人生をこいつが歩いてきたことに――
 
でも考えてみたら何も不思議なことはなかった。
こいつも俺と同じ、移民としてこの国に渡り、同じようなスラム街で生きてきた男なんだからな。
 
 
「へぇ、まさかギャング団にまで入っていたとはな。やっぱりそこそこ根性あるんじゃねぇか、お前。
まぁしかし、改めてそう言われると確かに似つかわしくないかもな」
 
昔のことを話し出したマイエルは微笑んでいるようにも見えた。
俺も少し安心したのか、つい笑みなんかをこぼしちまった。
 
 
「あの頃はまだ本当にガキだったし、ロクなことも考えないで無鉄砲に暴れまわってた。
今のお前みたいに、強くなって見返してやろうっていう気概があったんだな、子どもくせに。
街で騒動が起きるたびに学校抜けだして参加しに行ったもんだ。
だが…まぁ、いつも負けっぱなしだったな。
ガキの頃から数字には強くて誰にも負けたことがなかったんだが、
腕っぷしの勝負になると街でも学校でも大負けだった。
仲間からよく言われたもんだ、『お前はギャングなんかには向いてない。
拳握ってケンカするより、ペン握って帳簿でもつけてる方がお似合いだ』ってな」
 
 
その話しを聞いて、また昔のことを思い出しちまった。
 
 
――お前はギャングっつーより、帳簿係だな!
――これからはケンカより金勘定ができる奴がのし上がるんだよ、チャールズ。
 
 
 
「ぷっ!くはっ!あははははははは!!」
「なっ、なんだ?そんなに可笑しいのか!?それとも頭でも打ったのか?!」
 
マイエルは眉をしかめてすっかり困惑した表情だった。
それもそのはずだ。さっぱりわけが分からないだろうな。
 
 
懐かしくて、嬉しかったからさ。
今日は本当に、昔のことをよく思い出す。
 
 

 
 
もうお前らいつまで喋ってんだとツッコミを入れたくなってきました(--;
長い、とにかくだんだん長くなっていくw
 
 
次回はチャーリーの過去や目的などを絡めつつ書いていく予定です。
そしてそろそろ場の取りまとめ役のあの人に登場してもらいたいなぁと思ってます^^